煙霞(えんか)療養 尾崎紅葉

 柏崎の歴史を調べているうちに、あの尾崎紅葉が明治32年に新潟・佐渡を旅した紀行文「煙霞(えんか)療養」と出会いました。
 その一節に汽車嫌いだった紅葉が、鉄道に乗って上野(東京)から柏崎・新潟までを書き留めています。
 「そもそも、この海の雄渾と併せて、この(佐渡)島の秀麗を見るのは、北越鉄道線双快の一で、他は、さらに進んで、鉢崎から柏崎に至るまで、米山峠の真下を磯伝いに疾駆しつつ八門のトンネルを出入するのである。(中略)道は荒波の磯辺であるから、一面岩石突こつとして、あるいは潮に臥し、あるいは草にうずくまり、あるいは山に逆らってそばだち、あるいは水に臨んでたうるというあり様。(中略)しかも所は弓手(左手)に方りて日本海、逃るる路も荒磯の波とうとうと寄せては返す鬨の声、馬手(右手)には峻嶺峨峨として、当国無双の名も高き米山峠は聳えたり、と思えば、ほとんど快極まって、肉躍るのであった。これを過ぐれば汽車を嫌う者も汽車に在るのを忘れ、喜ばしからぬトンネルも時に取っての興となって、なかなか神経などを衰弱させている段ではなかった。」

 信越本線での上野~柏崎間の開通は明治30年ですから、開通したばかりの真新しい赤レンガトンネル。うつ病で療養を勧められた紅葉が、米山峠の鉄道の旅で「病気になっていられない」と、ジェットコースターに乗っているような姿が、少年のように生き生きと描かれています。
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by kurosakiH | 2017-03-14 21:47 | 信越本線開通120周年 | Trackback | Comments(0)