御荘焼(みしょうやき)と北前船

 また、寒い日が続きます。ここまで来て白い雪を見るのは、残念ですね。春になってほしいものです。
 さて、「もく」にご来店のお客様へ、お食事をお出しする際、「素敵な器ですね」と言われることが、多々あります。
 これらは御荘焼(みしょうやき)と呼ばれる食器で、明治時代の物です。と言っても伊万里焼のように、高価な飾って眺める物ではなく、このように家庭で日用品として使ってきた物です。
 江戸時代後期から昭和にかけて栄えた愛媛県愛南町の産地で、御荘焼と呼ばれます。宇和島伊達藩のお庭窯で、雑器を中心に磁器を焼いていたとのことです。この窯で焼かれた製品の特徴は、明治初頭に輸入されるようになったコバルトを用いた絵付けと印判物です。また色絵付けも焼かれ、富岡喜内と甥の稲田峰三郎の名から「富」「峰」の窯印のある良品が作られました。
 「もく」には、「富」の窯印がある富岡喜内(文政3年~明治33年)の小鉢や皿が残っています。これらは明治時代に、遠く四国から北前船で、ここ柏崎まで運ばれてきたものです。愛媛県の方がご覧になられたら、さぞや驚かれることでしょう。私もいつか産地を訪ねてみたいと思っています。
 絵は上手とは言えないのですが、伊万里を一生懸命真似て描いた、その素朴な実直さが伝わってきます。これからも大切に使っていきたいと思います。
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by kurosakiH | 2017-03-09 20:59 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)