北國街道の手をつなぐ会’09

 今日は「北國街道の手をつなぐ会」(金子潤次会長、会員46名)の総会(上越市大潟区)に参加してきました。昨年度の様子は、こちらです。
 今年は、大潟宿がメイン会場で、北國街道の当初なかった大潟の宿場が、後にできた歴史や、海辺の町の様々な暮らしぶり(現在も使われている深い井戸、湧水)も教えていただきました。(写真は旧本陣・田中家)
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 そして街道脇の榎もごらんのとおり、りっぱな大木が所々に残っていました。(写真は、弁天池付近)
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また、西念寺の徳山住職から潟町宿のお話も伺い、松平光長公が、長年、北國街道の整備に尽力されたとのことでした。つまり私がずっと疑問だった「街道脇に風除けにエノキを植えなさい」といった高田城の松平の殿様であることがわかりました。(この情報だけでもラッキーでした。)(下写真は説明される徳山住職)
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今、大河ドラマの影響で若い人たちにも歴史ブームとなっているようですが、有名な文化施設や観光地を見るだけでなく、こういった身近な暮らしぶりの中に、様々な歴史を見つけるのも楽しいものだと思っています。
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by kurosakih | 2009-06-21 17:58 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)