柏崎の歴史を調べているうちに、あの尾崎紅葉が明治32年に新潟・佐渡を旅した紀行文「煙霞(えんか)療養」と出会いました。
 その一節に汽車嫌いだった紅葉が、鉄道に乗って上野(東京)から柏崎・新潟までを書き留めています。
 「そもそも、この海の雄渾と併せて、この(佐渡)島の秀麗を見るのは、北越鉄道線双快の一で、他は、さらに進んで、鉢崎から柏崎に至るまで、米山峠の真下を磯伝いに疾駆しつつ八門のトンネルを出入するのである。(中略)道は荒波の磯辺であるから、一面岩石突こつとして、あるいは潮に臥し、あるいは草にうずくまり、あるいは山に逆らってそばだち、あるいは水に臨んでたうるというあり様。(中略)しかも所は弓手(左手)に方りて日本海、逃るる路も荒磯の波とうとうと寄せては返す鬨の声、馬手(右手)には峻嶺峨峨として、当国無双の名も高き米山峠は聳えたり、と思えば、ほとんど快極まって、肉躍るのであった。これを過ぐれば汽車を嫌う者も汽車に在るのを忘れ、喜ばしからぬトンネルも時に取っての興となって、なかなか神経などを衰弱させている段ではなかった。」

 信越本線での上野~柏崎間の開通は明治30年ですから、開通したばかりの真新しい赤レンガトンネル。うつ病で療養を勧められた紅葉が、米山峠の鉄道の旅で「病気になっていられない」と、ジェットコースターに乗っているような姿が、少年のように生き生きと描かれています。
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# by kurosakiH | 2017-03-14 21:47 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)

また、花は咲く3.11

 今年も3.11を迎えました。皆さんが、それぞれの「あの日」を抱えながら、過ごして来られたと思います。私は、2年後に初めて3.11の思いを綴ることができました。あれから6年、こうして好きな盆栽ができることの幸せを、今また実感しています。
 山桜が、まだ2輪ですが咲きました(写真でわかるでしょうか?)。何が起きても、季節だけは移ろいで、また、花は咲きます。元気に生きよう、とする思いがあれば、必ず花を見ることができます。この山桜も、まだ蕾をたくさんつけていますので、満開を迎えるのは、まだ先です。

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# by kurosakiH | 2017-03-11 17:38 | 柏崎の里山日記 | Trackback | Comments(0)

 また、寒い日が続きます。ここまで来て白い雪を見るのは、残念ですね。春になってほしいものです。
 さて、「もく」にご来店のお客様へ、お食事をお出しする際、「素敵な器ですね」と言われることが、多々あります。
 これらは御荘焼(みしょうやき)と呼ばれる食器で、明治時代の物です。と言っても伊万里焼のように、高価な飾って眺める物ではなく、このように家庭で日用品として使ってきた物です。
 江戸時代後期から昭和にかけて栄えた愛媛県愛南町の産地で、御荘焼と呼ばれます。宇和島伊達藩のお庭窯で、雑器を中心に磁器を焼いていたとのことです。この窯で焼かれた製品の特徴は、明治初頭に輸入されるようになったコバルトを用いた絵付けと印判物です。また色絵付けも焼かれ、富岡喜内と甥の稲田峰三郎の名から「富」「峰」の窯印のある良品が作られました。
 「もく」には、「富」の窯印がある富岡喜内(文政3年~明治33年)の小鉢や皿が残っています。これらは明治時代に、遠く四国から北前船で、ここ柏崎まで運ばれてきたものです。愛媛県の方がご覧になられたら、さぞや驚かれることでしょう。私もいつか産地を訪ねてみたいと思っています。
 絵は上手とは言えないのですが、伊万里を一生懸命真似て描いた、その素朴な実直さが伝わってきます。これからも大切に使っていきたいと思います。
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# by kurosakiH | 2017-03-09 20:59 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)

近づく春

 昨日は、町内会の総会があり、そのまま流れで2次会は「もく」で、となりました。飲み過ぎた今日は職場へ行っても、朝からお水を飲んでいました。
 「『もく』は、お酒はないのですか?」とお客様からよく聞かれます。私もお酒は好きなので、お気持ちは十分に「共感」できるのですが「ここは喫茶店なので・・」とランチタイムはお断りしています。夜は地元の皆さんへは、お酒を出していますが。(ちなみに妻は、ワインで雛祭りの女子会をやろうと、地元の仲間たちと企てていました。私は皿洗い要員です・・)
 「もく」へは、いろいろなお客様がいらっしゃいます。お店でもやらなかったら、お会いすることさえなかった方も、いらっしゃるでしょう。私も妻も、人生、半世紀以上生きていますが、毎日が初めてお会いする人の連続です。サラリーマンの私では体験できない事なので、こういう仕事を選んだ妻が、とてもうらやましい限りです。
 写真は、いつも「もく」に花を飾ってくれる友人が、「3月になるので・・」と、春めいた香りを届けてくれました。もうすぐ柏崎にも春がやってきます。
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# by kurosakiH | 2017-02-27 20:23 | 柏崎の里山日記 | Trackback | Comments(0)