昨日は、朝からぞろぞろと(失礼!)カメラを持った人たち、ああ、撮り鉄さんか、と思える人たちが集まってきて、笠島駅周辺にも多くのファンがいらっしゃいました。SLでも走るのかな、と思っていたら、廃車になる旧特急電車がラストランだそうで。通過時刻までご存じで、皆さんはどうやって事前に情報を得ていらっしゃるのでしょうか、いつも不思議に思います。

 シリーズでご紹介した明治32年の尾崎紅葉の「煙霞療養」は、263ページに及ぶ大作ですが、今はデジタル本pdfで、無料で読むことができます。妙高高原・赤倉温泉、新潟市、佐渡と、新潟県内を巡回する紀行文です。
 今でも、赤倉温泉や、佐渡には「煙霞療養」に関わる石碑が残っています。柏崎でも石碑を探して「あった!」と思ったら、紅葉の代表作「金色夜叉」の作詞作曲した宮島郁芳が柏崎市出身とのことで、熱海の海岸を彷彿させる市内青海川の岬に、昭和43年に建立されたのですが、結局、紅葉とも、「煙霞療養」の描写とも、無関係だったのが残念でした。
 やはり、「煙霞療養」54ページに記されたように、紅葉自身が、実際の米山の姿を見て感動して発した最高の褒め言葉、

「当国無双の名も高き 米山峠は聳(そび)えたり」

を、残してほしかったと思います。このことは、私自身を始め、市内でもほとんど知られていない事実だと思います。
 いや、まだ遅くはありません。これから募金活動でも始めますか、まだ100年かかるか。

 マスコミの皆さん、JR東日本の皆さん、今年は信越本線が柏崎まで開業120年、来年は信越本線全通120年そして尾崎紅葉・生誕150年です。是非、全国的にPRしてください!!

 くしくも全国の鉄道マニアから信越本線が注目を集めた日でした・・
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# by kurosakiH | 2017-03-20 06:09 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)

 天気予報は全国的に良い天気だというのに、柏崎は朝からすっきりしない曇り空。昨日みたいに午後から回復することを期待します。
さて、尾崎紅葉との列車の旅も、いよいよ米山峠を通り過ぎていきます。米山トンネルと同じく難しい文語の連続ですが、何とか読めるように訳しました。

【中編より続く】
「たとえば自分が、豪傑な武者になった気分で、群がる敵を物の数ともせず、当たるを幸いに一太刀ずつ片っ端から撫で斬りにして進むとしたら、こういうものだと思えるように。しかも、左手には日本海で、敵が逃げまどう道にも荒磯の波が、とうとうと寄せては返して、ドーンと勝利の声を上げるかのように。右手には険しい絶壁が続き、日本に二つとない名峰の米山がそびえて、もう敵は逃げられないぞと。そんな想像をしていたら、あまりにも興奮して、体が踊り出すのであった。ここを通過すれば、汽車を嫌っている私も、汽車に乗っていたことさえ忘れ、好きではなかったトンネルも、この場合はとても楽しみになっていて、今さら「うつ病」などと言っている場合ではなかった。」
【尾崎紅葉「煙霞(えんか)療養」黒崎訳】

 写真は、今朝、撮影したものです。線路は廃線になりましたが、景色は紅葉が見た120年前とほとんど変わっていません。私が立っている場所が、8つあるトンネルのうちの3号トンネル。正面が4号トンネルの入り口、奥の岬が5号トンネルで、その先が笠島駅になります。まさに次々とトンネルが姿を現す感じがわかるかと思います
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 紅葉の「煙霞療養」では、この後「柏崎を過ぎれば、次第に海から遠ざかって、長岡を過ぎ三条に入れば(後略)」【黒崎訳】と、一気に三条まで行ってしまします。紅葉が、海と断崖の狭間を走る鉄道にどれだけ心を動かされたか、おそらく今見たばかりの景色を忘れないうちにと、必死に書き綴ったのでしょう、柏崎~三条間の描写は、残念ながら何も書かれていません。今なら、さながらスマホでカシャ!で、Facebookにupして、「いいね!」でしょうか。どんどん情報が流されていく感じです。紅葉のおかげで、じっくりと時間を捕まえて、古書を何度も読み返す機会をもらえて、うれしかったです。120年の時空を超えて、32歳の尾崎紅葉君へ、ありがとう。


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# by kurosakiH | 2017-03-19 08:25 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)

 今日から3連休がスタート。柏崎も雪の心配もなくなり、外へ出かけてみようか、という気分になりますね。そんな時は、是非、電車に乗っておでかけください。柏崎~笠島はJRで10分、運賃200円です。プチ旅行気分になれると思います。
 さて、旅気分になったところで、明治の文豪・尾崎紅葉との列車の旅を続けましょう。

 【前編より続く】
「トンネル続きの線路は、碓井峠であれ、箱根山であれ、どこも同じに思えるが、特別にここが印象的なのは、長い崖沿いの、まるで六枚屏風を立てたような曲折な地形から、最初のトンネルを出れば、すぐに次のトンネルの全景が見えるのである。次を過ぎれは、その次が、さらに過ぎれば、またその次がと、うるさい蠅のように次々と現れる姿が、一つ一つ目に入って来るのである。」
【尾崎紅葉「煙霞(えんか)療養」黒崎訳】(後編へつづく

 写真はJR信越本線・笠島駅
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# by kurosakiH | 2017-03-18 06:09 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)

 先日、ご紹介した尾崎紅葉の紀行文「「煙霞療養」が好評でしたので、もっと多くの皆さんにお読みいただきたく、現代訳に挑戦してみました。
紅葉と同乗した気分で、信越本線列車の旅を満喫してください。

【ここまでのあらすじ】
(紅葉が乗った下り列車は、9:35に直江津駅を発車し長岡へ向かいます。途中、柿崎を過ぎたあたりで日本海と佐渡が見えます。やがて、列車は絶景米山峠にさしかかります)

「ところで、この海の雄大さと合わせて、佐渡島の秀麗な姿が見られるのは、北越鉄道(現信越本線)の旅の二つの楽しみのうちの一つでしかなく、もう一つとは、(柿崎から)もう少し先に進んで、鉢崎(現米山)から柏崎に至るまでの間、米山峠の真下を磯伝いに駆け抜ける八つのトンネルを出入りすることである。その雰囲気は、東海道線の薩埵(さった)峠を連想させるが、それは見かけが似ているだけで、全くここでの気迫を欠いている。(車窓から見える)道(北国街道)は、荒波の磯辺を通っているから、一面に岩がごつごつしていて、潮をかぶったり、草に埋もれたり、山に逆らうようにくねったり、さらには水が溜まりうねっている様子である。ところが、この力強い鉄の道は、百歩進むと崖のように塞がり、二百歩進むと岩鼻へ突き出るところを、全てトンネルにして貫いて、「仏に合えば仏を殺し、祖に合えば祖を殺し」(禅宗)のたとえのように、前にどんなものがあっても、必ず突いて進むのである。」
【尾崎紅葉「煙霞(えんか)療養」黒崎訳】(中編へつづく

 写真は、北国街道・亀割坂から見渡す柏崎市上輪地区と旧信越本線。遠方は聖ケ鼻
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# by kurosakiH | 2017-03-17 06:32 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)