「もく」では、ランチのお客様用のランチョンマットに「岩のり」「赤レンガ」を作って、お持ち帰りいただいていました。
この度、新作として「北国街道」ができました。内容は十返舎一九の「金草鞋」、松尾芭蕉と奥の細道、東本願寺の達如上人の越後下向、「よろんご」の樹など、盛りだくさんです。笠島に400年続く江戸時代からの旧街道、その魅力を是非、まち歩きしながら、お楽しみください。
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by kurosakiH | 2017-03-30 22:36 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)

海から見える米山峠

 市外からお見えになられたご家族連れのランチのお客様が、お帰りになり、ほっと一息ついたところです。午前中は、道路の通行のじゃまになっている雑木を、町内会のメンバーで伐採、片づけの仕事がありました。外仕事が始まると、ようやく本格的な春が来たことを実感します。海釣りも、これから期待できる時期なので、楽しみが増えます。
 写真は、先日ご紹介した尾崎紅葉「煙霞療養」に描かれた8つのトンネルのうち、笠島~米山間です。米山駅は旧名が鉢崎(はっさき)、上杉謙信の時代には「八崎」と記述されているので、これらの岬が地名になっていたのでしょう。
 岬が折り重なり合うように、手前の岬の5号トンネルから順に、4号、3号、奥の岬が聖ケ鼻で2号、1号トンネルです。「うるさい蠅のように次々と現れる」と表現された様子がわかるかと思います。
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by kurosakiH | 2017-03-26 13:28 | 北国街道・笠島の歴史 | Trackback | Comments(0)

リピーター

 「もく」は開店から2か月を過ぎました。ようやく雪の心配もなくなり、ご予約のお客様も安心して、お越しいただけるようになりました。その中ですでに2回目、3回目というリピーターの方もいらっしゃいます。「また、来ますね」と言っていただける方もほとんどなので、うれしい事です。お店を始めたら、何よりも本当に「また、来ました!」と言って、いらっしゃるお客さまが、一番うれしい事がわかりました。この前の味、どうだったかな?、今日の味はどうかな?とまだ、心配続きですが、再び、お顔を拝見できる事が何よりです。
 今日は、ランチのお客様の他に、これから夜の宴会(地元の皆さん)があります。もうひと頑張り。
近所の友人が、「4月になるので」と、春めいたお花を飾ってくれました。心が温かくなる瞬間です。
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by kurosakiH | 2017-03-25 16:25 | Trackback | Comments(0)

会話(六声)

 「もく」は狭いので8席しかありません。地元の飲み会などでは、詰め合って10席の場合もありますが。こじんまりした、実家に帰ってきたような雰囲気づくりを心がけています。お見えになるお客様とは、距離が近いので、ついつい話かけてしまいます。「どちらからお越しですか?」「〇〇からです。」「随分遠くから・・」「いえいえ、笠島の国道は、よく通るのですが、下(駅の方)まで来たのは初めてです。」みたいな感じです。

 今回もお客様の声を、「会話」をテーマに。
「また、近いうちにお邪魔したいと思うので、今度は旦那さんの釣った魚をぜひ!」
「蔵の小さなお店、『ぬくもり感』があります。狭いけど落ち着きますね。」
「こじんまりとして楽しい会話ができました。」
「楽しい時間を過ごすことができました。」
「ご夫婦のおもてなしの仕方もよかったです。ありがとうございました。」

 お褒めいただき、ありがとうございます。私も人見知りするのですが、逆に何も知らない人だと、話やすいのかも知れませんね。まあ、妻は話好きですが・・。

 写真は、ぬた(左)、もぞく(上)、のっぺ(右)です。どれも柏崎にもない、笠島独特の料理です。
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by kurosakiH | 2017-03-23 21:43 | お客様のひとりごと | Trackback | Comments(0)

 昨日は、朝からぞろぞろと(失礼!)カメラを持った人たち、ああ、撮り鉄さんか、と思える人たちが集まってきて、笠島駅周辺にも多くのファンがいらっしゃいました。SLでも走るのかな、と思っていたら、廃車になる旧特急電車がラストランだそうで。通過時刻までご存じで、皆さんはどうやって事前に情報を得ていらっしゃるのでしょうか、いつも不思議に思います。

 シリーズでご紹介した明治32年の尾崎紅葉の「煙霞療養」は、263ページに及ぶ大作ですが、今はデジタル本pdfで、無料で読むことができます。妙高高原・赤倉温泉、新潟市、佐渡と、新潟県内を巡回する紀行文です。
 今でも、赤倉温泉や、佐渡には「煙霞療養」に関わる石碑が残っています。柏崎でも石碑を探して「あった!」と思ったら、紅葉の代表作「金色夜叉」の作詞作曲した宮島郁芳が柏崎市出身とのことで、熱海の海岸を彷彿させる市内青海川の岬に、昭和43年に建立されたのですが、結局、紅葉とも、「煙霞療養」の描写とも、無関係だったのが残念でした。
 やはり、「煙霞療養」54ページに記されたように、紅葉自身が、実際の米山の姿を見て感動して発した最高の褒め言葉、

「当国無双の名も高き 米山峠は聳(そび)えたり」

を、残してほしかったと思います。このことは、私自身を始め、市内でもほとんど知られていない事実だと思います。
 いや、まだ遅くはありません。これから募金活動でも始めますか、まだ100年かかるか。

 マスコミの皆さん、JR東日本の皆さん、今年は信越本線が柏崎まで開業120年、来年は信越本線全通120年そして尾崎紅葉・生誕150年です。是非、全国的にPRしてください!!

 くしくも全国の鉄道マニアから信越本線が注目を集めた日でした・・
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by kurosakiH | 2017-03-20 06:09 | 信越本線開通120周年 | Trackback | Comments(0)

 天気予報は全国的に良い天気だというのに、柏崎は朝からすっきりしない曇り空。昨日みたいに午後から回復することを期待します。
さて、尾崎紅葉との列車の旅も、いよいよ米山峠を通り過ぎていきます。米山トンネルと同じく難しい文語の連続ですが、何とか読めるように訳しました。

【中編より続く】
「たとえば自分が、豪傑な武者になった気分で、群がる敵を物の数ともせず、当たるを幸いに一太刀ずつ片っ端から撫で斬りにして進むとしたら、こういうものだと思えるように。しかも、左手には日本海で、敵が逃げまどう道にも荒磯の波が、とうとうと寄せては返して、ドーンと勝利の声を上げるかのように。右手には険しい絶壁が続き、日本に二つとない名峰の米山がそびえて、もう敵は逃げられないぞと。そんな想像をしていたら、あまりにも興奮して、体が踊り出すのであった。ここを通過すれば、汽車を嫌っている私も、汽車に乗っていたことさえ忘れ、好きではなかったトンネルも、この場合はとても楽しみになっていて、今さら「うつ病」などと言っている場合ではなかった。」
【尾崎紅葉「煙霞(えんか)療養」黒崎訳】

 写真は、今朝、撮影したものです。線路は廃線になりましたが、景色は紅葉が見た120年前とほとんど変わっていません。私が立っている場所が、8つあるトンネルのうちの3号トンネル。正面が4号トンネルの入り口、奥の岬が5号トンネルで、その先が笠島駅になります。まさに次々とトンネルが姿を現す感じがわかるかと思います
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 紅葉の「煙霞療養」では、この後「柏崎を過ぎれば、次第に海から遠ざかって、長岡を過ぎ三条に入れば(後略)」【黒崎訳】と、一気に三条まで行ってしまします。紅葉が、海と断崖の狭間を走る鉄道にどれだけ心を動かされたか、おそらく今見たばかりの景色を忘れないうちにと、必死に書き綴ったのでしょう、柏崎~三条間の描写は、残念ながら何も書かれていません。今なら、さながらスマホでカシャ!で、Facebookにupして、「いいね!」でしょうか。どんどん情報が流されていく感じです。紅葉のおかげで、じっくりと時間を捕まえて、古書を何度も読み返す機会をもらえて、うれしかったです。120年の時空を超えて、32歳の尾崎紅葉君へ、ありがとう。


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by kurosakiH | 2017-03-19 08:25 | 信越本線開通120周年 | Trackback | Comments(0)

 今日から3連休がスタート。柏崎も雪の心配もなくなり、外へ出かけてみようか、という気分になりますね。そんな時は、是非、電車に乗っておでかけください。柏崎~笠島はJRで10分、運賃200円です。プチ旅行気分になれると思います。
 さて、旅気分になったところで、明治の文豪・尾崎紅葉との列車の旅を続けましょう。

 【前編より続く】
「トンネル続きの線路は、碓井峠であれ、箱根山であれ、どこも同じに思えるが、特別にここが印象的なのは、長い崖沿いの、まるで六枚屏風を立てたような曲折な地形から、最初のトンネルを出れば、すぐに次のトンネルの全景が見えるのである。次を過ぎれは、その次が、さらに過ぎれば、またその次がと、うるさい蠅のように次々と現れる姿が、一つ一つ目に入って来るのである。」
【尾崎紅葉「煙霞(えんか)療養」黒崎訳】(後編へつづく

 写真はJR信越本線・笠島駅
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by kurosakiH | 2017-03-18 06:09 | 信越本線開通120周年 | Trackback | Comments(0)

 先日、ご紹介した尾崎紅葉の紀行文「「煙霞療養」が好評でしたので、もっと多くの皆さんにお読みいただきたく、現代訳に挑戦してみました。
紅葉と同乗した気分で、信越本線列車の旅を満喫してください。

【ここまでのあらすじ】
(紅葉が乗った下り列車は、9:35に直江津駅を発車し長岡へ向かいます。途中、柿崎を過ぎたあたりで日本海と佐渡が見えます。やがて、列車は絶景米山峠にさしかかります)

「ところで、この海の雄大さと合わせて、佐渡島の秀麗な姿が見られるのは、北越鉄道(現信越本線)の旅の二つの楽しみのうちの一つでしかなく、もう一つとは、(柿崎から)もう少し先に進んで、鉢崎(現米山)から柏崎に至るまでの間、米山峠の真下を磯伝いに駆け抜ける八つのトンネルを出入りすることである。その雰囲気は、東海道線の薩埵(さった)峠を連想させるが、それは見かけが似ているだけで、全くここでの気迫を欠いている。(車窓から見える)道(北国街道)は、荒波の磯辺を通っているから、一面に岩がごつごつしていて、潮をかぶったり、草に埋もれたり、山に逆らうようにくねったり、さらには水が溜まりうねっている様子である。ところが、この力強い鉄の道は、百歩進むと崖のように塞がり、二百歩進むと岩鼻へ突き出るところを、全てトンネルにして貫いて、「仏に合えば仏を殺し、祖に合えば祖を殺し」(禅宗)のたとえのように、前にどんなものがあっても、必ず突いて進むのである。」
【尾崎紅葉「煙霞(えんか)療養」黒崎訳】(中編へつづく

 写真は、北国街道・亀割坂から見渡す柏崎市上輪地区と旧信越本線。遠方は聖ケ鼻
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by kurosakiH | 2017-03-17 06:32 | 信越本線開通120周年 | Trackback | Comments(0)

 柏崎の歴史を調べているうちに、あの尾崎紅葉が明治32年に新潟・佐渡を旅した紀行文「煙霞(えんか)療養」と出会いました。
 その一節に汽車嫌いだった紅葉が、鉄道に乗って上野(東京)から柏崎・新潟までを書き留めています。
 「そもそも、この海の雄渾と併せて、この(佐渡)島の秀麗を見るのは、北越鉄道線双快の一で、他は、さらに進んで、鉢崎から柏崎に至るまで、米山峠の真下を磯伝いに疾駆しつつ八門のトンネルを出入するのである。(中略)道は荒波の磯辺であるから、一面岩石突こつとして、あるいは潮に臥し、あるいは草にうずくまり、あるいは山に逆らってそばだち、あるいは水に臨んでたうるというあり様。(中略)しかも所は弓手(左手)に方りて日本海、逃るる路も荒磯の波とうとうと寄せては返す鬨の声、馬手(右手)には峻嶺峨峨として、当国無双の名も高き米山峠は聳えたり、と思えば、ほとんど快極まって、肉躍るのであった。これを過ぐれば汽車を嫌う者も汽車に在るのを忘れ、喜ばしからぬトンネルも時に取っての興となって、なかなか神経などを衰弱させている段ではなかった。」

 信越本線での上野~柏崎間の開通は明治30年ですから、開通したばかりの真新しい赤レンガトンネル。うつ病で療養を勧められた紅葉が、米山峠の鉄道の旅で「病気になっていられない」と、ジェットコースターに乗っているような姿が、少年のように生き生きと描かれています。
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by kurosakiH | 2017-03-14 21:47 | 信越本線開通120周年 | Trackback | Comments(0)

また、花は咲く3.11

 今年も3.11を迎えました。皆さんが、それぞれの「あの日」を抱えながら、過ごして来られたと思います。私は、2年後に初めて3.11の思いを綴ることができました。あれから6年、こうして好きな盆栽ができることの幸せを、今また実感しています。
 山桜が、まだ2輪ですが咲きました(写真でわかるでしょうか?)。何が起きても、季節だけは移ろいで、また、花は咲きます。元気に生きよう、とする思いがあれば、必ず花を見ることができます。この山桜も、まだ蕾をたくさんつけていますので、満開を迎えるのは、まだ先です。

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by kurosakiH | 2017-03-11 17:38 | 柏崎の里山日記 | Trackback | Comments(0)